
『渡くんのxxが崩壊寸前』(第1話より)
本作品は現在絶賛放映中(まもなく最終回?)の「ラーメン大好き小泉さん」の作者である鳴見なる先生が月刊ヤングマガジンで連載中のラブコメディです。第1話がためし読みできます。(こちら)
実は「ラーメン大好き小泉さん」まだ未読だし,アニメは専らアマプラでしか観ない人なのでこれまた未視聴なんですが,本作品については以前より気にかけておりましてこのたびやっと感想を書く機会ができました。
未読の方に簡単に説明すると以下略(リンク先は公式ホームページ)のようになります(おい)。まあそれだとさすがにレビュー放棄みたいになるので,引用させてもらうとこんなお話です。
「本当に粗いあらすじ」
「最悪の幼なじみ」「憧れの同級生」「ブラコンの妹」の3人の女性に主人公・渡直人が振り回されて,平凡な日常がめちゃくちゃになっていうというラブコメ。ちょっとしたサスペンスやミステリーもあるよ。
(公式HPより引用)
ちょっと興味を持てましたかね。ベースは主人公である渡直人をめぐるラブコメです。
ご他聞にもれず,主人公に恋心・ブラ心(ブラコン)を抱く女性陣にハーレム気味に進行していくのですが,単純にハーレム物というわけでもなく。それぞれの人物の心情にはいろいろ背後というか,伏線ぽいものがあり。単純一直線ではないお話であることが伺えます。
先のリンク先には人間関係図が掲載されているので,一度見ておくと分かりやすいかもしれないね。
...もう少し登場人物について補足しておくと,こんな感じ。
「最悪の幼なじみ」=館花 紗月(金髪ロング系)

6年前にしばし交流のあった幼なじみの女の子。当時は恋心を抱いていた。6年前,とつぜん主人公の前からいなくなる前に,主人公一家が大切に育てていた畑を荒らして姿を消す。6年後再び主人公兄弟の前に再び姿を現す。
「憧れの同級生」 =石原 紫 (黒髪清楚系)

主人公が現在通う高校の同級生。学校のマドンナ的存在であり,清楚黒髪・巨乳・料理の腕が壊滅的という完全体である。
「ブラコンの妹」 =渡 鈴白 (小4ブラコン妹)

両親をなくした後,唯一の家族である兄・直人に極端に依存する妹。兄にとって自分が一番でなければ気がすまないが,最近は紗月をはじめ兄の周囲の女性の存在を許容しつつあるようにも見えるが...。
「潔癖症の保護者」=渡 多摩代(他界した両親の父方の妹。渡直人(主人公)からみて叔母。)

両親を亡くした直人たちの現在の保護者として渡兄妹を預かる。文筆業ないし創作業らしい(漫画家っぽい)。彼女もまた自分の実兄(直人・鈴白の父)に対するブラコンぽい伏線が描かれている。
「中学校の後輩」 =梅澤 真輝奈(ツインテ後輩系)

直人のバイト先で再開することになる,中学校の後輩。陸上部の元エースで推薦で名門女子高に入学するも,タイムが伸びず部活をさぼり気味である。こいつも常道のように直人に惚れる...が,自分が一番になれないことを既に感じ取っている。
...
......
で。
第1話は,最悪の幼なじみこと館花紗月との6年前の想い出から始まります。
まだ在命中の両親と幼い渡兄弟が信州の田舎暮らしをする中で作っていた自家栽培農園。そこに現れた館花紗月と直人は友達となり,一緒に畑づくりをしたりたわいも無いごっこ遊びをするごく一般的な仕様の幼なじみライフを繰り広げます。
そんなある日突如起こった,紗月による畑荒らし事件。

畑荒らし事件
ともに仲良く農園を作ってきた紗月が突然農園をめちゃくちゃにして,その日を境に姿を現さなくなったのであった。そして両親が亡くなって親戚を転転とするうちに6年が過ぎ,渡兄妹が最後にたどり着いた多摩代さんの家。そこに再び館花紗月は現れたのであった。
...そんなところから始まるラブコメストーリー。5巻分の物語を全部振り返っていったならば数万字のテキストになってしまうので割愛しますが,この物語がラブコメという体をなしながらももう少し幅広いテーマを扱っていることはわかります。過去の事情,それぞれの家族(ないし兄妹関係)を背景に,物語が紡がれていることが分かります。
ラブコメとしてみた場合,実は今現在,渡直人には付き合っている女子がいます。そう,「約束された敗北の黒髪清楚ヒロイン」であらせられる,石原紫さんです。

石原さん
彼女は転校先で出会った高校のマドンナ的存在であり,いわゆる高嶺の花という女子です。とても記号的に作られたキャラクターで,黒髪・清楚系・一途・まじめ・巨乳・料理の腕は壊滅的という属性を持ちます。つまりあれです。
「ほらほら,君たちこういう黒髪ヒロインが大好きでしょ?でしょ?」
と作者からでっかい釣り針をつけた状態で投入されたと思われる,ごくごく普通にいい娘さんです。
ごく一般的な仕様のクソラブコメですと,こうした黒髪ヒロインと相思相愛のパターンは思いがひたすらすれ違ったまま終わるものなんですが,本作は違います。なんと黒髪ヒロインであらせられる石原さんの告白は無事通じたばかりかお付き合いするに至ります。

「好き」
ボールでガラスが割れたり,とつぜんモミの木の電灯が光ったり,携帯電話は鳴らなかった。
一見,ラブコメとしてはそんな風に結論が出た状態で本作品の連載は現在も継続中です。しかしまあ,ぶっちゃけた話,これで恋愛的な結論が出たとは本作品の読者であれば額面どおり受け止めないでしょう。そんな単純なお話じゃないことは読めば分かります。
...
......
というのも,本作品のおそらく裏テーマは兄妹というか,家族であることは本作のヒロインである「館花紗月」を通して明々白々に描かれているからです。

館花紗月さん
妹である渡鈴白が兄に対して思う家族として感情。叔母の渡多摩代が自分の兄に対して抱く愛憎と直人の存在。そして6年前,友人とも初恋の相手とも思えぬ感情をめぐらせた館花紗月が「幼なじみ」である直人に対して抱く感情。
石原さんは会話の中で紗月の中にある感情が「恋」であることを直感していますが,根っこはもう少し深いものであることは一目瞭然である。
館花紗月には主人公に明かしていないさまざまな裏事情があることが伺えます。
・6年前になぜ畑荒らしをしたのか。
・畑荒らしをしたあとに一緒にいた人物は誰だったのか。
・畑荒らしのあとなぜ紗月はいなくなったのか。
・紗月はなぜ家族と連絡を取らず一人暮らしなのか。
・畑荒らしの「後」にも直人と6年間一緒だったという言葉の意味は何か。
・紗月は直人に「何」を求めているのか。
6年前の畑荒らしの後に,鈴が見た風景。畑を荒らし終わった後,男性に頭をなでてもらって立ち去っていることが描かれています。

紗月の裏事情
父親というには若すぎる感じのその男性は,本作品のテーマ的には恐らく「兄」なんでしょうね。
恐らく紗月は畑を荒らしたかったわけじゃない。直人と一緒に作ってきた畑を滅茶苦茶にしたい動機が彼女にはまったく無いからです。その後に描かれた様子を見れば,これはこの頭をなでている人物(たぶん兄)に示唆されて行った出来事であることはわかる。
畑荒らしを示唆した人間がなぜそんなことを行ったのか,その背景はまだ描かれていませんけれども,おおよその想像はつきます。そこが元々農家であった館花家の農園であったこと。示唆した人物が家族らしいこと。その後,紗月が姿を消したこと。
これらの条件から推察するに,畑荒らしを示唆した人間は家族仲良く畑作りをしている渡家に嫉妬めいた複雑な感情をいだいていたのでしょう。そこに自分の家族(と思われる)紗月が輪になって加わっているのを見て,より嫉妬心を強くしたのでしょう。なぜか。
これも推測でしかないわけですけれど,その後紗月がいなくなったことからみても,館花家が家族離散するような出来事が生じたことが分かります。両親の離婚か,他界か。それとも最初から家庭は崩壊していたのか。それが何であるかは描かれていないのでなんともいえないですが。
そんな出来事が館花家を襲ったのであれば,兄か父か分かりませんが,「自分たちかかつて育てた農園で幸せそうに家族をしている渡家」に嫉妬をし,八つ当たり気味にそういう出来事を引き起こした...というのはいかにもありそうだな,と思ったり。

紗月の家庭事情
そんな家族の事情のせいかどうかは分かりませんが,現在の紗月は家族と連絡を取らずに一人暮らしをしています。これもまた複雑な事情がありそうである。
両親が離縁したのち別の人と再婚したとか。あるいは件の家族?らしき人物と接触したくないなんらかの事情があるのか。それはまだ明らかにされていませんが,はっきりしていることは「館花紗月には本当の意味の家族がいない」ということです。
そんなことは最新話である第34話において,紗月と鈴と直人の「家族ごっこ」の思い出からも分かります。

「甘えるって何?」
と問う紗月からは,日常的に親や家族に甘えることの無い環境にあることが分かります。先の人物が「形式上の家族」だったとしても,それが本物の家族ではなかったことが分かるエピソードです。
という事情からかんがみても,いま紗月が求めているもの,渡直人に求めているものは何なのかといえば,やはり「家族」なんでしょうね。
6年前のあの日,渡家の農園をめちゃくちゃに荒らした前日に二人はプチ家出をしています。そこで直人が紗月に「ごっこ遊び」のつもりで告げた言葉,

紗月がほしかったもの
「2人でこのまま どっか遠くのみんなの知らないとこまで行くか?」
に対する紗月のうれしそうな反応。それはたぶん,その時既に失うことになっていた,あるいは失われていた館花の家族に代わる「新しい家族」に直人がなってくれると思ったから嬉しかったんじゃないでしょうか。
そしてそれがただの「ごっこ遊び」であり,期待したものが実現しなかったことに対する諦観。それでも一度は期待を持たせてくれた直人に対するわずかな感謝のきもち。そんなものが入り混じったのが,あのちょっと寂しげででも嬉しさの混じる表情だったのではないかと思ったり。
館花紗月が渡直人と渡鈴白に関わり続けようとする理由。「6年間ずっと一緒だった」という言葉が現実のものなのか,彼女の想いの中での話なのかはわかりませんが,紗月にとって家族らしきものとは渡くんとの係わり合いの中でのみ感じられたことだったんでしょうね。
そんな紗月の事情を推測しながらあらためて直人と紗月の関係を考えてみると,紗月の直人に対する想いの本当の部分は何なのか見えてきます。
紗月は常に「自分は直人の幼なじみ」でよく,「直人が自分に求めるもの以上の関係は求めない」と明言しています。そんな紗月が直人と関わりたがる理由は,直接的には先に述べたように「そこに家族を見出すから」なわけです。
でも実際に紗月と直人は血縁関係も何も無い存在です(現在明かされている情報からすれば)。
そんな二人が本当に家族になる方法は一つしかありません。二人が結婚することです。

キスの理由
紗月が6年ぶりに再会して思わず行ったキスの理由。常に渡くんと一定の距離にいて,石原さんとのデートをはじめストーキングを行い続ける理由。畑づくりを手伝い続ける理由。その裏にあるのは直人と本当に家族になりたいという想いであり,その想いを実現できるのは唯一直人しかいない。そんな世界。
家族がほしいというその思いは,誰とでもいいからほしい家族ではない。渡直人と家族になりたいという想いなわけです。
その気持ちの意味することを当の本人はひたすらに見ようとしない。幼なじみでいい。そばにいられればいい。そんな風に自分と向き合わないのはいまの関係を,距離感を失うことに対する恐れなのか。

紗月の葛藤
渡直人と家族になりたいというその思い,それは転じて渡直人に対する恋心である。当の本人は見ようとしなくても,他者から見れば一目瞭然な恋心である。
こういう物語の世界観があり,こういう物語の文脈(論理のつながり)があるならば,最後に館花紗月が救われるためには渡直人と結ばれるしかない。
そこに至るにはまだ長い道のりがあるでしょうし,鈴や多摩代を含めた家族のあり方をきちんと構築していく必要があるでしょう。現在,絶賛のお付き合い中である石原さんとの関係を含め,整理しなければならない出来事がたくさんありますし。
本作品のタイトルである「渡くんのxxが崩壊寸前」。
このxxという変数には都度いろんなものが入り得るわけですが,最後に入るのは「家族」なんでしょうし,その"崩壊寸前の家族"は崩壊を迎えずに無事大団円で終わる。そんな文脈のラブコメディであることを認識して読むと,また趣が違う物語になると思います。
というわけでお勧めであります。機会があればぜひご一読を。
「渡くんの××が崩壊寸前 」鳴見 なる (著)
まとめ買いするにしても既刊はまだ5巻ですから,すぐに読めますよ。
*画像は『渡くんのxxが崩壊寸前』第1巻~第5巻,および同34話 より引用しました。